ABCD ? 119 !
 

お婆さん,朝いつもの様にお墓参りに行って帰ってきたのに,急に手足に力が入らないと言って座り込んで.「朝早かったから,ちょっと横になっとき!ご飯出来たら呼んだるから」と言ってしばらくして起こしに行ったら,何か喋りにくそう.病院もまだ開いてないし,困ったなあ.最近,救急車呼んでも,「その救急車,本当に必要ですか?」って書いてあるし・・・まだ早いけど,かかりつけの先生に電話してみよう.

 「脳梗塞の疑いがあるので,すぐに救急車を呼んで下さい!総合病院にはこちらから連絡しておきます!」

 幸い,時間外の早朝にも関わらず,かかりつけの先生に連絡がついて救急車要請を指示されたので,脳梗塞発症後3時間以内に限り有効な,血栓(脳の血管に詰まった血の塊)を溶かす薬が使えたため,後遺症もなく助かりました.

 このお婆さんは,ABCDのうち,Dの異常を来していたのです.このようなABCDの異常を認めたならば,迷わず119 !

【救急医療の初期診療は,重症度よりも緊急度!】1)

 人は,空気中の酸素を身体に取り込み,全身に酸素を送って生命を維持しています.気道から空気を吸い込み,肺で呼吸をし,心臓が血液を送って酸素を全身に運ぶ.特に,脳に酸素が送られることで呼吸・循環が維持される‘生命の輪’が形成されているのです.

 救急車を呼ぶかどうかは,生命を脅かす危険性があるかどうかといった『緊急度』を重視!時間を重視!

 最近,「軽症では救急車を安易に呼ばないで下さい」とよく言われますが,呼ぶ方としてみれば重症か軽症か,分からないから心配で・・・という声をよく聞きます.救急車の乱用!救急病院のコンビニ化!といわれる半面,「どうしてこんなに我慢したの?もっと早く来れば軽くすんだのに」という,受診の遅延が重症化の一因になっている場合も少なくありません.

 医療に対して国民が望んでいる事.という「日医総研」という機関の調査では,最も高いニーズが「夜間・休日の診療や救急体制の整備」でした.24時間,いつでも救急車でなくても診てもらえる救急医療体制の確立!といった選挙公約が支持されるのもうなづけますが,本当に緊急の場合は迷わず『119 !

119にかけると】

1)「火事ですか? 救急ですか?」と尋ねられるので「救急です」と告げてください.

2)救急車を要請する場所を伝えてください.

3)「どのような状態ですか?」と聞かれた場合は,見たままの状態を簡単に伝えてください.

これが従来の方法ですが,緊急度を知りたい救急隊員に対し,的確に伝えるためには,‘生命の輪’が破綻しかけていること伝えなければなりません.

【‘生命の輪’ABCD

適切な気道(Airway),呼吸(Breathing),循環(Circulation)状態の確認と,中枢神経機能異常(Dysfunction of central nervous system)の有無の確認.これら4つは,すべての病気や外傷においても共通の緊急度判断の基本.これらABCDに異常がなければ,それぞれの症状によりさらに詳しく緊急度を判断していくのです.

救急隊員や医療機関が知りたい緊急度の判断基準をある程度理解する事が,救急車の適正利用につながるのです.

【緊急度カテゴリーと対応例】2)

「赤」カテゴリーAの障害,Bの障害(呼吸不全),Cの障害(ショック),意識障害,けいれん発作,大量出血,激痛など・・・今までで最悪,経験した事のないような痛みで,痛みのためにその他の動作が出来ない・・・『今すぐ救急車で!』

「橙」カテゴリー:高熱(小児),持続する嘔吐,強い痛みなど・・・我慢すれば他の動作が出来るが,忘れることは出来ない・・・『救急車以外で今すぐに受診を!』

「黄」カテゴリー:意識消失歴,はっきりしない病歴など・・・痛みはあるが,他の動作が制限されない・・・『6時間以内を目安になるべく早めに受診を!』

「緑」カテゴリー:微熱など・・・『明日には受診された方が良いですよ』

●心肺停止状態と関連が強いものは「赤」:大至急救急車を!

「呼吸なし」(呼吸をしていない,呼吸がない,息をしていない,呼吸ない)

「脈なし」(脈がない,心肺停止,心臓が止まっている)

「水没」(沈んでいる,水没していた)

「冷たく」(冷たくなっている)

すべての病気,外傷に対し,

Q:(いつもどおり)普通にしゃべれますか?声は出せていますか?

Q:ハアハアしますか(ハアハアしていますか)?息は苦しい(苦しそう)ですか?

Q:顔色,唇,耳の色が悪いですか?冷や汗をかいていますか?

Q:しっかりと受け答えができますか?

これらの質問は,生理学的兆候(バイタルサイン)を判断するもので,ABCDの異常を確認しているのです.

家でお爺さんが‘づつない’と言ってきた場合にも気をつけてみてあげて下さい.

【緊急度の高い症状】

様々な訴えの中でも,特に緊急度の高いものとして,以下の9つがあげられます.

@  呼吸困難:「息が苦しい」「呼吸が苦しい」「息苦しい」「息が荒い」「肩で息をしている」「息が出来ない」など・・・狭心症・心筋梗塞や肺血栓塞栓症,心不全,異物,気胸,肺炎などを想定

A  喘鳴:「ゼーゼーいっている」「ヒューヒューいっている」「息をするときに音がする」「痰がからんだような音がする」など・・・気管支喘息,狭心症・心筋梗塞,心不全,肺炎,気道異物などを想定

B  喘息:「喘息なんですが」・・・気管支喘息,気道狭窄,アナフィラキシー(急性の重症アレルギー)などを想定

C  動悸:「ドキドキする」「動悸がする」「脈が速い」「脈がとぶ」など・・・心不全,狭心症・心筋梗塞,ショック(血圧低下),不整脈,脱水,甲状腺機能亢進症などを想定

D  意識障害:「反応がない」「意識がないようだ」「変なことをいう」「うわ言をいっている」「いつもと様子が違う」など・・・脳卒中,頭部外傷,髄膜炎,糖尿病,急性アルコール中毒,肝性脳症,薬物中毒などを想定

E  痙攣:「ひきつけ」「てんかん」「ガタガタ震えている」「泡を吹いている」「白眼をむいている」など・・・外傷が先行した痙攣,髄膜炎などを想定

F  頭痛:「頭が痛い」「後頭部が痛い」「頭痛がすると言って倒れた」など・・・くも膜下出血,頭蓋内圧亢進,脳卒中,緑内障発作,髄膜炎等を想定

G  胸痛:「胸が痛い」「胸が苦しい」など・・・狭心症・心筋梗塞,肺血栓塞栓症,胸部大動脈瘤破裂,気胸,肋骨骨折,心膜炎,胸膜炎などを想定

H  背部痛:「背中が痛い」「背骨が痛い」など・・・腎結石,尿管結石,腎盂腎炎,膵炎,十二指腸潰瘍,大動脈解離,腹部大動脈瘤破裂などを想定

すべての症状に対し,65歳以上の高齢者や,15歳以下の小児は緊急度が上がる可能性があり,また,血が止まりにくくなる(血液の流れをサラサラにする)薬を飲んでいるかどうかも重要です.

【病院嫌いの●△子さんの場合】

以前から首が腫れていると人から言われていましたがあまり気にしていませんでした.最近,胸がドキドキして息苦しくなり,そのうち治ると我慢していましたが,足もボンボンに腫れてきたので受診されました.少し動いただけで息苦しく,動悸も数日間ずっと続いており,甲状腺の腫れは誰の目にも明らかです.眼もギョロっと飛び出ています.

甲状腺機能亢進症による心不全状態で,緊急入院.一時は人工呼吸器にもつながれ危険な状態でしたが治療により一命をとりとめ,元気に退院.喉元過ぎればなんとやら.再度心不全状態になるまで放置され,今回,3度目の正直で治療を継続されるか,2度ある事は3度あるか・・・

 重症度は「赤」〜「橙」カテゴリーですが・・・

【仕事が忙しい■☆男さんの場合】

 風邪気味で咳が出てきたためにかかりつけの診療所で薬を3日間処方してもらいました.一旦よくなりましたが,ぶり返したように咳がひどくなり,微熱も出ていました.最初に風邪と言われたので,市販の風邪薬を買ってきて飲み続けてきましたが,2週間目に熱が38.0℃台となってきたため再診となりました.

 診察にて,肺雑音強く,肺炎の診断にて救急病院へ紹介されました.

 重症度は「黄」カテゴリーですが・・・ 

冒頭で紹介した脳梗塞のお婆さんや,急性心筋梗塞などの生命予後は時間との勝負!発症後数時間以内が生死の分かれ目になることも少なくなく,たとえ一命を取りとめたとしても,後遺症の程度に大きな差が出てきます.

交通事故などの外傷でも同様です.重症外傷例では,1時間以内に手術を開始できるかどうかが生死の分かれ目.「ゴールデンアワー」といわれており,とくに受傷直後から最初の10分は「プラチナの10分」といわれ,この10分間の処置が特に重要視されています.東京消防庁における平成19年中の平均現場到着時間は67秒.10年前より約50秒長くなっており,「プラチナの10分」のうち,実際に活動できる時間が5分から4分に1分も減少してしまっているのです.これらの事は,昨今問題になっている安易な救急車の要請も一因になっているものと思われます.

救急蘇生,緊急処置が必要な方がいつでもすぐに利用できる救急車.大都会でも問題になっている救急車のたらい回しをなくすため,松阪市の救急医療体制は3つの総合病院が輪番で2次救急(救急搬送が必要な患者の受け入れ)を堅持しておりますので,『ABCD ? 119 !』の意味の御理解,よろしくお願いします.

ただし,心肺停止状態においては,2分以内に心肺蘇生が開始された場合の救命率は90%程度ですが,4分では50%5分で25%程度となるため,救急車現場到着67秒まで待てない!

ABCD ? 119! 』の後,直ちに心肺蘇生『ABCD』にかかって下さい.

心肺蘇生も@気道確保(Airway)A人工呼吸(Breathing)B胸骨圧迫(心臓マッサージ)(Circulation)CAEDによる除細動(Defibrillation

ABCDに始まり,ABCDに終わる.

文献:

1)日本外傷学会外傷初期診療ガイドライン改訂第3版編集委員会編:改定第3版(DVD-ROM)外傷初期診療ガイドラインJATEC,へるす出版,東京,2008

2)東京都医師会救急委員会救急相談センタープロトコール作成部会編:電話救急医療相談プロトコール,へるす出版,東京,2008